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戦艦大和|} 大和(やまと)は、大日本帝国海軍が建造した戦艦。大和型戦艦の1番艦。太平洋戦争にかけて建造された日本の戦艦の中で、その決定版とも言え、現在に到るまでこれを超える大きさの戦艦は建造されていない超弩級戦艦。同型艦武蔵の竣工までの間、連合艦隊旗艦を務めた。その勇姿と悲劇的な最期への郷愁や憧れからか、後世数々の映画などに取り上げられている。また、幅広い年代に知られているのは、宇宙戦艦ヤマト|漫画やプラモデルによるところも大きい。国民にこれほど知られる軍艦は「大和」以外にはないと言っても過言ではないが、太平洋戦争中は軍事機密に護られ、一般国民には存在自体がほとんど知られていなかった。 概要ワシントン海軍軍縮条約明けに際し、艦艇数で劣るため質で米英を凌ごうと考えた大日本帝国海軍|日本海軍が、持てる建艦技術の粋を集めて建造した世界最大最強の最新鋭戦艦。欧米諸国は一応ワシントン海軍軍縮条約で規定された35,000t前後の戦艦を作っていたが、これらの国を大きく引き離すべく46cm砲を装備した65,000tの巨艦として建造された。大艦巨砲主義のひとつの到達点である。しかし第二次世界大戦時には既に戦争における世界のセオリーは確実に航空機主体の戦術に移り、残念ながらその力を十分発揮できるような運用がされたとは言えない。特にガダルカナル島をめぐるソロモン海での一連の戦闘において、アメリカ合衆国軍|米軍は新鋭戦艦であったノースカロライナ (戦艦)|ノースカロライナ級戦艦を始めとするありとあらゆる軍艦を投入したのに比べ、大日本帝国海軍|日本海軍は高速ではあるが旧式の金剛 (戦艦)|金剛型のみを投入し新鋭戦艦たる大和型を温存したことは、ミッドウェー海戦と同じく大日本帝国海軍|日本海軍の敗因の1つとされている。初代「大和」は葛城(初代)型ぁ N2番艦で1887年11月6日竣工しスループ→巡洋艦→海防艦→測量艦という経緯を辿る。また日本海中央部に大和堆を発見した。1936年4月1日除籍され刑務所の宿泊船になり、1950年解体された。日本海軍は、戦艦に対し伝統的に日本各地の旧国名をその名に冠し「大和」とは奈良県の旧国名(大和国|大和)というばかりでなく、「日本」を象徴する意味合いもあったと思われる。同様の命名として扶桑 (戦艦)|扶桑がある。大きな艦体の豪華さや、冷蔵庫を利用できることによる備蓄食糧の多彩さ・豊富さ、またソロモン海で激戦が繰り広げられる中、泊地から動かない様を揶揄して、他の艦の乗組員からは「大和ホテル」とも呼ばれていた。 |
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